制作日記~Kaoru Mizuki

2018 09
08 ← 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 → 10
FC2ブログ
人それぞれ
6日の20のまなざしのコンサート以来、何かに打たれたような状態が続いています。こういうのって、一種のトランス状態というのかもと、昨日の日経の夕刊を読んでいて感じました。

もともと、ピアノのエマール氏のファンでしたが、生音を聴くのは初体験でした。録音とライブとの違いをまざまざと見せつけられた気がします。ライブのほうが、録音より良かったです。普通は逆なんですが・・・

また、今年訪れたコンサート(数は少ない)の中で、最も満足できたものでした。

義理でチケットを買い、多忙で行けなかった催しもありました。これは、私の中で、行きたくなかったのだと思います。本当に行きたい催しならば、無理してでも行くと思います。ハガキが一本きて、しかも曲目もなく、「来てください」などとあるのは、金を払う人間に失礼なのではないか?と思っているところです。

この方は、80代で、頭のどこかが抜け落ちているのかもしれないと思って、甘めにみましたが、次はありません。何を演奏するか?くらいは書いてもいいでしょう。

それはともかくとして、それぞれの時を刻んでいますのでね〜 「この演奏会に来るべきだ!」などと強制するのはやめたほうがいいと思います。人にはその時に応じた音楽が必要なのです。あなたには必要でも、誰にでも必要ではないんです。

私も人には距離を置き、自分が今目指していることを、中心に動こうと思いました。

また、エマール氏のピアノの話に戻りますが・・・今回のエマール氏の演奏会は、私には必要でした。頭を殴られたような気がしてます。人を変容させる(変容とは、変化し尽くして過去に戻らないことを意味します)音楽や演奏もあるのだと思いました。

メシアン氏の20のまなざしは、死と向き合って書いた作品です。この意味が昔はわかりませんでしたが、私も老人になりまして〜 ようやく少しわかるようになりました。また、以前の記事に書いた、シューベルトの「冬の旅」も同じく、死と向き合って書いた作品です。

死と向き合うことによって、自分が見えてくるのではないでしょうか?メシアン氏のテクニックだけちょいと拾い上げて、書いたとしても、ろくなものはできてこないでしょう。やはり、アートというのは、生き様なんですね。

上記のような気づきを与えてくれた、貴重な時間でした!

このような体験を通して、私は今後も古典の作品を聴いていきます。新作も良いでしょう。しかしそれは、新作が必要な人が聴くべきで、今の私には必要がないんです。

2019年には、エマール氏がベートーベンを演奏なさるとか?楽しみです。CDは持っておりますが、その時の演奏とはまた違ったものになることを期待しつつ、彼が数年前に出したCDをこれから取りにいってまいります。


スポンサーサイト
 ピアノ コメント(0)
コメント
コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
→https://lyre465.blog.fc2.com/tb.php/423-f65ba624